中小企業の経営者にとって、日々の経理業務は単なる事務作業ではありません。それは、企業の健康状態を正確に把握し、未来の成長を左右する重要な経営判断を下すための羅針盤です。しかし、経理処理の方法によっては、経営の実態が見えにくくなり、誤った判断につながるリスクがあります。本コラムでは、多くの企業が陥りがちな「落とし穴」を具体的に解説し、税理士の視点からその改善策を提示します。
【監修:税理士・中小企業診断士 前田 直樹】
目次
- 1.中小企業が業績管理で失敗する3つの落とし穴
- 2.業績管理を成功させるための経理のコツ
- 3.経理の効率化・正確性向上に役立つ具体的な解決策
- 4.税抜経理方式への移行ステップ
- 5.まとめ:適切な業績管理は「経営判断」を最適化する
1. 中小企業が業績管理で失敗する3つの落とし穴
多くの経営者が、日々の業務に追われる中で、経理処理の基本を疎かにしてしまいがちです。しかし、これがやがて大きな経営トラブルに発展するケースは少なくありません。ここでは、特に注意すべき3つのポイントを解説します。
1-1 現金主義による「どんぶり勘定」の危険性
現金主義とは、現金の入出金が発生した時点で収益や費用を記録する会計処理方法です 。この方法は、手元資金の動きを即座に把握できるという利点はありますが、実際の経営状況を正確に映し出すことができないという致命的な欠点を抱えています 。
- 売上と入金のズレ: ある月に多額の売上を計上しても、取引先からの入金が翌月以降にずれ込めば、その月の帳簿上は「売上が少ない」と見えてしまいます 。逆に、前月以前の売上分の入金が集中すれば、その月は実態以上に利益があるように見えてしまうのです 。
- 費用と支払いのズレ: 同様に、給与や外注費、仕入代金の支払いが翌月以降にずれると、費用が実際より少なく計上されます 。その結果、帳簿上の利益は膨らみますが、翌月以降に支払いが集中すれば「利益が出ているはずなのに資金繰りが苦しい」という事態に陥ります 。
このように現金主義では、売掛金や買掛金といった債権・債務が反映されず、帳簿上の数字と実際の経営実態が乖離してしまいます 。結果として「売上はあるはずなのに資金が不足」「黒字なのに倒産」といった“どんぶり勘定”特有の危険が生じるのです 。
一方、発生主義は「取引が発生した時点」で収益や費用を認識します 。売掛金・買掛金、未払費用や未収収益を含めて記録することで、経営の実態をより正確に把握できます 。発生主義による会計処理を導入することで、月次・年次を問わず、収益と費用を正しく対応づけ、経営実態を忠実に反映した意思決定が可能となります 。
1-2 経理の基本「カットオフエラー」と「残高消込」の不徹底
発生主義による会計処理を適切に行うためには、経理作業の基本である「カットオフ処理」と「残高消込」を正確に実施することが欠かせません 。これが徹底されていないと、どれほど立派な決算書を作成しても、実態を反映しない数字となり、経営判断を誤らせる危険があります 。
カットオフエラー:利益や税額を歪める典型的な落とし穴
カットオフエラーとは、期末や月末に発生した取引を、誤って翌期(翌月)に計上してしまうミスを指します 。これは「売上や費用の計上時期を間違えるだけ」の単純なミスに見えますが、実際には利益や税額を大きく歪め、会社の信用問題に直結する極めて重大な問題です 。
- 事例①:売上の先送り
12月28日に商品を納品して売上が発生しているにもかかわらず、請求書の発行が遅れたために1月分の売上として計上してしまうケースです 。この場合、12月の売上が実際より少なく見える一方、1月の売上が膨らんでしまいます 。結果として、12月決算の利益は過少計上され、税額も過少に申告されることになります 。これは税務調査で指摘されれば追徴課税の対象となり、企業の信用失墜にも直結します 。 - 事例②:費用の先送り
12月に広告費の請求を受けているのに、支払いが1月だからといって翌期の費用にしてしまうケースもあります 。この場合、12月の利益は実際より大きく見えてしまい、投資家や銀行に対して「実態以上に好調な業績」を示すことになりかねません 。
残高消込:資金繰りを守る最後の砦 残高消込とは、売掛金・買掛金・未払費用について「請求」「入金」「支払」を照合し、正しい残高を把握する作業です 。これを怠ると資金繰りや経営判断に直結する深刻なリスクが生まれます 。
- 事例①:売掛金の回収漏れ
ある取引先に対してすでに入金があると思い込んでしまい、請求した売上を回収し忘れるケースがあります 。多額の売掛金が未回収のまま残れば、手元資金の不足を招き、資金ショートに直結します 。 - 事例②:買掛金の二重支払い
仕入先からの請求に対し、すでに一度支払っているにもかかわらず、残高消込が不徹底なために再度支払いを行ってしまうことがあります 。これが積み重なれば多額の無駄な資金流出となり、資金繰りを圧迫します 。 - 事例③:取引先とのトラブル
請求と支払いの突き合わせが不十分な場合、「支払った」「受け取っていない」といった行き違いが発生します 。信頼関係が揺らげば、取引の継続にも悪影響を与えかねません 。
経理代行サービスをご依頼いただく中小企業様の決算書を拝見すると、年商が数億円規模にもかかわらず、こうした基本的な処理が不十分なケースが少なくありません。特に以下のような傾向が見られます。
・月末の売上や費用を翌月処理してしまい、月次損益の数字が常に歪んでいる
・売掛金の残高と実際の入金が合わず、未回収が放置されている
・買掛金や未払費用の残高が合わず、経営者が「どれだけ支払い義務があるか」を正確に把握できていない
結果として、経営者が「実態より良く見える帳簿数字」をもとに意思決定をしてしまい、気づいたときには資金繰りが逼迫している、という事態が少なくありません。
1-3 税込経理方式で経営の実態が見えない
税込経理方式とは、取引額を消費税込みの金額で記帳し、決算時に消費税額を控除して税額を算出する方法です 。かつては記帳が単純になるという点から小規模事業者によく使われてきました 。
【メリット】
- 記帳が簡単: 売上や仕入の金額をそのまま入力できるため、経理担当者が少ない小規模事業者にとって負担が軽いというメリットがあります 。
【デメリット】
- 経営実態が見えにくい: 収益や費用の中に消費税が混在してしまうため、実際の利益水準やコスト構造を正しく把握しづらいです 。特に月次決算では、消費税を控除する前の数字しか見えず、正確な経営判断が妨げられます 。
- 税率変更で数字が歪む: 例えば消費税率が上昇すると、売上高が「実際に伸びた」わけではなく、単に税率が上がった分だけ見かけ上増加してしまうため、誤解を招くリスクがあります 。
- 取引量が増えると非効率: 取引が膨大になると、消費税部分をまとめて整理するのに手間がかかり、中堅企業には不向きです 。
2. 業績管理を成功させるための経理のコツ
前述の落とし穴を回避し、適切な業績管理を行うためには、以下の経理のコツを実践することが不可欠です。
2-1 発生主義の徹底で正確な利益を把握する
発生主義とは、取引の実態が発生した時点で収益や費用を計上する方法です 。この方法を徹底することで、実際の取引に基づく正確な期間損益を把握できます 。
- 売掛金: 入金遅延や未回収リスクの早期発見につながります。
- 買掛金・未払費用: 支払い漏れや資金ショートを防止できます。
2-2 月次決算の精度を高めるための3つのポイント
業績管理を適切に行うには、年次だけでなく
月次での損益管理が欠かせません 。月次決算の精度を高めるために、以下の3つのポイントを実践しましょう。
- 棚卸の実施: 概算であっても、毎月棚卸を実施し、売上と費用の対応関係を明確にします。
- 減価償却費の月次計上: 年次でまとめて計上するのではなく、毎月少しずつ計上することで、経営の実態がより正確に反映されます
- 費用の平準化: 賞与や年払いの保険料など、特定の月に費用が偏るものは、月次で平準化して引当計上することが重要です。
2-3 抜経理方式への移行で経営判断を最適化する
特に年商が中堅規模に差し掛かった企業では、税抜経理方式への移行を強く推奨します 。税抜経理方式は、取引を消費税抜きの金額で記帳し、消費税は別勘定で処理します 。
【税抜経理方式のメリット】
- 収益・費用の実態を正確に把握できる: 売上総利益や営業利益といった経営指標に消費税が混在しないため、経営判断が容易になります 。
- 税率変更の影響が少ない: 消費税率が変わっても、仕訳や財務諸表の見え方はほぼ変わりません 。
- 大規模な取引や複雑な仕入税額控除に対応可能: 消費税を明確に分けて管理できるため、申告・計算も効率的に行えます 。
【税抜経理方式のデメリット】
- 記帳がやや手間で複雑(会計ソフトで軽減可): 従来の手書き帳簿や担当者の経験が浅い場合には、消費税を分ける記帳作業が煩雑に感じられる可能性があります 。
3. 税抜経理方式がもたらす「見えないメリット」
税抜経理方式への移行は、単なる会計処理の変更にとどまりません。企業の信用力や成長性を左右する、戦略的な投資と言えます 。
3-1 銀行融資・株主説明での重要性
金融機関や株主に対して「見せる数字」を提示する際にも、税抜経理方式は有利に働きます 。
- 銀行融資: 銀行は財務諸表をもとに「返済能力」を判断しますが、税込のままでは利益率が低く見える傾向があります 。税抜処理にすれば、実態に即した利益率が反映され、融資評価が改善する可能性があります 。
- 株主・投資家への説明: 株主は「売上成長率」や「利益率」を重視します 。消費税率が上がっただけで売上高が増加しているように見えるのは、投資家への誤解を招くリスクがあります 。税抜方式であれば、本当に事業が成長しているのかを正しく示せます 。
3-2 建設業の公共工事入札「経営事項審査」への対応
特に建設業では、税抜経理方式への移行が必須と言えます 。公共工事の入札に必要な経営事項審査(経審)では、提出書類がすべて「税抜表示」で作成しなければならないことが厳格に求められています 。このルールは、税込経理方式では経営事項審査に対応できないことを意味しています 。日頃から税抜経理方式で処理していれば、こうした余計な作業を避けることができます 。
3-3 税込経理を続ける「見えないコスト」
業歴の長い企業では、慣習や属人化が原因で税込経理が続くケースがあります 。しかし、これを放置すると、経営者が気づきにくい「見えないコスト」を積み重ねている状態と言えます 。
- 業績管理の精度低下: 消費税を含んだ数字で利益や費用を管理すると、実際の利益率が正確に分かりません 。
- 経営判断の遅れ: 正しい損益データがなければ、投資判断や資金繰りの意思決定が後手に回ります 。
- 社外対応での不利益: 銀行融資や経営事項審査で税抜経理の数字が求められるため、提出書類の再作成や修正が必要になり、余計な手間やコストを招きます 。
以下の対照表で、税込経理方式と税抜経理方式のメリット・デメリットを比較し、業績管理における税抜経理方式の重要性を再確認しましょう 。
項目 | 税込経理方式 | 税抜経理方式(経審対応) |
記帳の手間 | 簡便 | やや複雑(会計ソフトで軽減可) |
実態把握 | 消費税混在で把握困難 | 本体金額で明確に判断可能 |
消費税率変更影響 | 表面上の売上が増減して見えるリスクあり | 実務に与える影響は少ない |
経営判断(特に月次) | 鈍りやすい | 適切に行える |
経営事項審査対応 | 不可(差し替えのリスク) | 完全対応可能 |
実務メリット指標(例:利益率) | 利益率低く見えがち | よく見える傾向あり(実態どおり) |
税抜経理方式は「経営の実態を映す数字」を提供し、内部管理にも外部評価にも直結する
戦略的な経理基盤と言えます 。単なる会計処理の選択ではなく、企業の信頼性や成長性を左右する重要な判断なのです。
4. 税抜経理方式への移行ステップ
4-1 会計ソフトでの切替設定
現在主流のクラウド会計ソフト(マネーフォワード、freee、弥生会計など)では、「税込」「税抜」の設定をワンクリックで切り替えられる機能があります。
ただし、単に設定を切り替えるだけでなく、以下の確認作業が重要です。
- 勘定科目の税区分を確認
売上高、仕入高、経費(通信費、旅費交通費など)が正しく「課税」「非課税」「不課税」に分類されているかチェック。 - 消費税集計表の動作確認
切替後、売上税額と仕入税額が正しく算出されるか、必ずテストデータで確認。 - 過去データとの連動
移行時点以前のデータは税込処理、以降は税抜処理となるため、境目の月に二重計上や未処理がないかを点検する。
経理の実務では、決算期首(例:4月1日や1月1日)から切り替えるのが最もスムーズです。
4-2 移行時に起こりやすいミス
移行にあたり、次のようなミスがよく発生します。
- 過年度比較が不整合になる
例えば昨年度は税込方式、今年度から税抜方式に切り替えた場合、前年比較をすると「売上が減った/増えた」ように見えてしまう。
→ 解決策:前年度分の数字を税抜換算して比較表を作成する。 - 社内資料の数字が混乱
営業部門が「税込売上」を使っている一方で、経理が「税抜売上」を基準にすると、部門間で数字が一致しない。
→ 解決策:社内共通ルールを決める(会議資料は税抜、請求書は税込、など)。
4-3 スムーズな移行のための「社内ルール化」
経理方式の変更は単なる「会計処理の切替」ではなく、社内全体の数字の扱い方を変えるプロジェクトと捉えるべきです。
- 経営層が方針を明示
「来期からは税抜方式で統一する」と社内に周知することで、各部門が混乱せずに対応できる。 - 部門ごとの数字の扱いを統一
営業資料・社内レポート・経営会議用の損益資料をすべて「税抜」で作成するルールを定める。 - チェック体制の構築
移行初年度は、税理士や会計士に月次でチェックを依頼するのがおすすめ。移行初期のズレを早期に発見できる。 - 社内教育の実施
営業担当や管理部門に向けて「税込と税抜の違い」「数字の見方」の研修を行い、全員が同じ前提で業績数値を理解できるようにする。
税抜経理方式への移行は、会計ソフトの設定だけでは完了しません。
- 過年度比較の調整
- 社内資料の統一
- 方針周知と教育
これらを合わせて実行することで、初めて「経営判断に資する正しい数字」が定着します。
5. まとめ:適切な業績管理は「経営判断」を最適化する
中小企業にとって、適切な業績管理は単なる事務作業ではありません。それは、経営の現状を正確に把握し、未来の成長を左右する重要な経営判断を下すための基盤となります。
現金主義、不十分な残高消込、税込経理方式といった「落とし穴」を回避し、発生主義の徹底や税抜経理方式への移行を進めることが重要です 。手間や時間を効率化するためのツールとしてクラウド会計ソフトは欠かせず、社内の人的リソースに不足があれば、専門家である税理士に経理代行を依頼することも有効な選択肢となります
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