「経費は現金で精算するのが当たり前」「銀行口座をExcelなどで手作業管理している」。もし、いまでもそんな方法を続けているなら、貴社は効率性と安全性の両面で大きなリスクを抱えているかもしれません。
現金や複数口座をアナログで管理していると、不正・横領や税務調査のリスク、銀行との取引条件悪化、そして資金繰り誤認による黒字倒産に直結するだけでなく、災害やシステム障害時に事業を止めてしまうBCP(事業継続計画:Business Continuity Plan)上のリスクにもつながります。
本コラムでは、中小企業の経営を守るために押さえておきたい「資金管理の落とし穴」と「デジタル時代の新常識」を具体的に解説します。
【監修:税理士・中小企業診断士 前田 直樹】
目次
1. 複数口座・現金管理が引き起こす主なリスク
1-1. 現金管理が甘いことによる問題
中小企業でありがちな小口現金や立替精算の管理不足は、次のようなリスクを招きます。
- 不正・横領の温床 痕跡が残りにくいため、従業員や経営者自身による不正利用が最も起こりやすい。
- 税務リスク 帳簿と実際の残高が一致しない場合、使途不明金とされ、追徴課税や重加算税の対象になる。
- 資金繰り誤認 → 黒字倒産 帳簿上は現金があるように見えても、実際には支払資金が不足し、倒産の引き金となる。
- ガバナンス評価の低下 現金管理の甘さは「内部統制が弱い」と判断され、銀行融資や取引継続に不利に働く。
1-2. 預金管理ができていないことによる問題:無駄なコストとペイオフリスク
「複数の銀行口座に分散させているから安心」と考えていませんか? 確かに一見すると安全に思えますが、実際には管理コストの増加・銀行取引条件の悪化・預金保護の限界(ペイオフリスク)といった、思わぬ問題を招く可能性があります。中小企業にとっては特に資金効率が経営の生命線となるため、注意が必要です。
- 管理コストの増大と不正リスク 中小企業では経理担当者の人数が限られていることが多く、複数口座の管理は負担増につながります。
- 事務負担の増加: 残高確認、入出金記録、通帳記帳や照合作業に時間を取られる。
- 監視の不徹底: 利用が少ない口座ほど放置されがちで、横領・不正引き出し・不明入金の発見が遅れる。
- 固定費の増加: インターネットバンキング利用料、振込手数料、口座維持コストが積み上がる。
結果として、本業以外のコストやリスクが増えることになります。
- 預金と融資のバランス問題 銀行は「融資を出すだけの取引先」には慎重です。融資・預金・振込・手数料収益などを総合的に見て、「どれだけお金を落としてくれる顧客か」を評価しています。
<事例>
- A銀行:預金 4,000万円
- B銀行:預金 1,000万円、融資 4,000万円
この場合、B銀行は貸出残高は大きいのに預金は少なく、「取引バランスが悪い」と見なされる可能性があります。その結果、金利条件が不利になる、追加融資の審査が厳しくなる、緊急時に資金調達力が低下するといった問題が起こり得ます。また、高金利でB銀行から借りながら、A銀行に低利の普通預金を眠らせていると、資金コストが無駄に膨らむという非効率な状態に陥ります。
- ペイオフのリスク 中小企業の場合、余剰資金を一行に集中させると「万一の銀行破綻」で致命的なダメージを負う可能性があります。
ペイオフ制度では、1金融機関あたり元本1,000万円とその利息までしか保護されません。
- 先の例では、A銀行の4,000万円のうち3,000万円が無保護リスクに晒されます。
- B銀行の1,000万円は全額保護されます。
よく「融資と預金は相殺されるからリスクゼロ」と言われますが、これは誤解です。ペイオフはあくまで「預金保護」の仕組みであり、融資と預金は自動的には相殺されません。相殺が認められる場合もありますが、それは別途の法的手続きであり確実ではありません。
とはいえ、「融資がある銀行に預金を集める」という戦略は、ペイオフ対策の基本であり、非常に有効です。相殺が「自動ではない」という手続き上のリスクを理解した上で実行するのであれば、それは正しい経営判断と言えます。
そのため、ペイオフ対策と集中リスク回避のバランスを取ったリスク分散戦略として、先の例では、「A銀行の預金のうち3,000万円だけをB銀行に移す」ことが考えられます。
この場合の財務状況は以下のようになります。
- A銀行:預金 1,000万円
- B銀行:預金 4,000万円(元々の1,000万円+移動した3,000万円)、融資 4,000万円
この布陣のメリットは以下の通りです。
- ペイオフリスクの回避: A銀行の預金は1,000万円となり、ペイオフで全額保護されます。B銀行が破綻しても、預金4,000万円と借入金4,000万円の相殺が認められば、損失は発生しません。
- 取引関係の維持・分散: A銀行との取引関係を維持できるため、将来の融資や情報収集の窓口を確保できます。一行に依存するリスクを低減できます。
- 中小企業における預金配分の考え方
- 融資銀行に置く金額の目安: 融資残高の10〜20%程度は預けることが目安です(例:融資4,000万円なら、400〜800万円程度は預ける)。これで「取引バランスを維持」しつつ、遊休資金を減らせます。
- 運転資金としての預金: 月商の1〜2か月分を流動預金として確保するのが安全圏です(例:月商2,000万円なら、2,000〜4,000万円を即時利用可能な形で確保)。急な売上減少や支払い遅延があっても、しばらく耐えられる資金繰りを確保できます。
- 余剰資金の分散・運用: 運転資金や取引維持分を超える資金は、他行に分散してペイオフ枠を活用するか、定期預金・短期国債・MMFなど安全性の高い運用先へ回しましょう。
ここまでの内容で、
- 口座数が多すぎれば、管理コスト・不正リスクが増大する
- 融資銀行に預金を置かなければ、金利や追加融資条件で不利になる
- 一行に集中させすぎれば、ペイオフ上の未保護預金リスクが高まる
など、中小企業にとって「預金管理の甘さ」は、そのまま 資金効率の悪化とリスク増大に直結することを理解いただけたかと思います。
したがって、下記のように資金効率と安全性のバランスをとった預金管理を行うことが、中小企業にとって合理的な戦略です。
- 融資銀行には融資残高の10〜20%程度は置き、関係維持と交渉力を確保
- 月商1〜2か月分の運転資金を確保
- 余剰資金は複数行に分散または安全性の高い短期運用へ
2. 現金払いをゼロにする「キャッシュレス経理」
現金管理のリスクを根本的に解決するには、現金を使わない仕組みを社内に構築することが効果的です。
2-1. 交通費・出張費のキャッシュレス化
- 交通系ICカードと経費精算システムを連携させれば、精算作業をゼロにできます。
- 法人ETCカードで高速代を現金レス化する。
- 航空券や新幹線は法人契約(eチケット)で一元管理する。
2-2. 経費精算・仕入れ支払いのデジタル化
- 領収書をスマホで撮影すれば、経費精算システムへ自動で反映できます。
- プリペイド法人カードで立替を不要にする。
- 仕入れ支払いは銀行振込(ネットバンキング)へ統一する。
2-3. 小口現金・社内購買をなくす方法
- Amazonビジネスやモノタロウで法人購買をすれば、立替精算が不要になります。
- 少額経費はチャージ型法人カードで対応する。
- 「現金払い禁止」を社内規程化し、例外は災害時のみとする。
3. 複数口座管理を効率化するデジタルツール
3-1. 残高・入出金を自動で「見える化」
- 会計ソフト(例:マネーフォワード、freee)と銀行口座を連携すれば、全口座残高が毎日自動更新されるため、Excelでの管理や通帳記帳が不要になります。
3-2. 資金繰り予測と融資・預金の最適化
- 入金予定と支払予定を突き合わせて、資金ショートを早期に把握できます。
- 借入返済スケジュールも自動で反映されるので、黒字倒産を防ぐことができます。
3-3. 預金取引の自動仕訳
- AIが入出金明細から仕訳を生成するため、二重計上や仕訳漏れを防ぎ、会計帳簿と預金残高が常に一致するようになります。
4. 今こそ資金管理を見直すべき理由
4-1. 金融機関・取引先からの評価向上
資金管理をデジタル化すれば、銀行は「内部統制が機能している」と評価します。これにより与信力が向上し、補助金申請でもプラスに働きます。
4-2. 資金繰り改善と黒字倒産防止
全口座を一元管理することで、資金繰りの誤認による資金ショートを防ぎます。
4-3. BCP(事業継続計画)の観点
資金管理は平時の効率化だけでなく、有事の備えでもあります。
- 災害・システム障害: 銀行窓口やATMが使えなくても、クラウド管理と法人カードがあれば決済を継続できます。
- 複数口座の分散: 一行が機能停止しても他行で資金を確保できます。
- 運転資金の備蓄: 月商1〜2か月分の資金を確保すれば、給与遅延や仕入れ不払いを回避でき、従業員離職や取引停止の連鎖を防げます。
まとめ
中小企業にとって資金管理は「単なる事務作業」ではなく、経営を守る戦略です。
- 現金管理の甘さ → 不正・横領・税務リスクに直結
- 預金管理の不備 → 管理コスト増大・取引条件の悪化・ペイオフ上限超過による未保護リスク
- キャッシュレス化 → 経理負担を削減し、スピードと透明性を確保
- 口座のデジタル一元管理 → 資金繰りの見える化で黒字倒産を防止
- BCP(事業継続計画)対応 → 災害やシステム障害時にも給与・仕入れを滞らせず、事業を止めない
今こそ「資金管理の新常識」を導入し、効率と安全性を両立する経営へと舵を切るべき時です。
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