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【監修:税理士・中小企業診断士 前田 直樹】

「給料が上がっても、手取りが増えない…」多くの従業員がそう感じているのではないでしょうか。実は、政府主導の「賃上げ」機運が高まる一方で、給与を直接上げるだけではない、新たな“手取りアップ”の動きが注目されています。それが、福利厚生制度の充実によって従業員の実質的な手取りを増やす「第3の賃上げアクション」です。

本コラムでは、特に効果が大きい社宅制度に焦点を当て、その導入メリットから税務上・労務上の注意点、さらには中小企業における実践法まで、税理士が徹底的に解説します。貴社の“三方良し”経営を実現するために、ぜひご活用ください。

1. 「第3の賃上げアクション」とは?福利厚生制度で“手取り”を増やす新常識

「賃上げ」の重要性が叫ばれる昨今、多くの企業が従業員の給与アップに取り組んでいます。しかし、給与を上げても社会保険料や税金が増え、従業員の手取りは思ったほど増えないと感じるケースも少なくありません。そこで今、注目されているのが、給与とは異なるアプローチで従業員の手取りを実質的に増やす方法です。

1-1. 政府主導の賃上げトレンドと、新たな選択肢

政府は持続的な賃上げを企業に要請し、そのための税制優遇措置なども講じています。しかし、中小企業にとっては、継続的な給与のベースアップは経営を圧迫するリスクも伴います。そこで、給与以外の方法で従業員の満足度を高め、実質的な手取りを増やす方法が模索されています。

1-2. freee・ベアーズ・エデンレッドも提唱!「第3の賃上げアクション」の概要

この新たな考え方が、freee、ベアーズ、エデンレッドといった企業が提唱する「第3の賃上げアクション」です。これは、税制優遇のある福利厚生制度を戦略的に活用することで、「従業員の負担減」と「手取りアップ」を同時に実現し、結果的に企業側のコスト抑制にもつながるという“三方良し”を目指すものです。

具体的には、食費補助、企業型確定拠出年金、そして特に効果が大きいとされる社宅制度などが挙げられます。これらの制度を導入することで、給与を直接的に増やさなくても、従業員は生活費の負担が減り、実質的な手取りが増えることになります。

1-3. なぜ社宅制度が注目されるのか?住居費削減のインパクト

「第3の賃上げアクション」の中でも、社宅制度の導入が急増しているのには明確な理由があります。それは、住居費が従業員の生活費の大部分を占めるため、ここに手を入れることで従業員の手取りに与えるインパクトが非常に大きいからです。

例えば、従業員が支払っている家賃の一部を会社が負担し、それを福利厚生費として計上できれば、従業員は家賃負担が軽減され、手取りが増えたのと同じ効果を得られます。企業側も、給与として支給するよりも税務上のメリットを受けられる可能性があるため、双方にメリットがあるのです。

2. 中小企業でもできる!社宅制度の基本と2つのタイプ

社宅制度と聞くと、大企業が所有するマンションのようなイメージを持つ方もいるかもしれません。しかし、中小企業でも現実的に導入できる社宅制度は存在し、むしろその手軽さから多くの企業で活用されています。

社宅には以下の2種類があります。

2-1. 自社保有型社宅のメリット・デメリット

自社保有型社宅とは、企業が自ら住宅を所有し、それを従業員に貸し出す形式の社宅です。

メリット:

  • 長期的に安定した住居を従業員に提供できる。
  • 物件の選定や管理を自社の裁量で行える。
  • 福利厚生制度としての安定感が従業員のロイヤリティ向上につながりやすい。

デメリット:

  • 高額な初期費用(土地・建物の購入費)が発生する。
  • 物件の維持管理コストや固定資産税などの負担がある。
  • 空室リスクや従業員の増減に合わせた柔軟な運用が難しい。
  • 売却時や修繕時にまとまった費用が発生する。

中小企業が新たに導入するケースとしては、初期費用や管理の手間からあまり一般的ではありません。

2-2. 中小企業に圧倒的に主流「借り上げ社宅」の仕組み

中小企業において圧倒的に主流となっているのが借り上げ社宅です。これは、企業が民間の賃貸住宅を借り上げて、それを従業員に転貸する形式を指します。

メリット:

  • 初期費用を抑えられる: 物件の購入が不要なため、多額の資金が不要です。
  • 柔軟な運用が可能: 従業員の増減や転勤に合わせて、物件の賃借や解約が比較的容易に行えます。
  • 管理の手間が少ない: 不動産管理会社に委託することで、管理業務の負担を軽減できます。
  • 従業員の選択肢が広い: 従業員の希望するエリアや間取りに合わせて物件を選べるため、満足度が高まります。

特に中小企業にとっては、コストと運用の柔軟性から非常に導入しやすい制度と言えるでしょう。

2-3. 従業員が自分で探した物件でも社宅にできる?

借り上げ社宅の大きな魅力の一つは、従業員が自分で探してきた物件でも社宅として契約できる点です。

具体的には、従業員が希望する物件を見つけ、その物件を企業が不動産会社や大家さんと法人契約を結びます。その後、企業が従業員に対してその物件を転貸し、家賃の一部を給与から天引きする形で徴収することで、社宅制度として運用できます。この仕組みにより、従業員は住み慣れた地域や気に入った物件に住み続けながら、家賃負担を軽減できるという大きなメリットを享受できます。一方で、物件の賃貸借契約は法人契約が前提であり、退職すると従業員はその物件を退去・転居、少なくとも契約変更する必要を生じることからも、離職リスクを低減する効果も期待できます。

3. 【超実務向け】社宅の「税務上」の注意点と節税を最大化する秘訣

社宅制度は、企業にとっても従業員にとっても税務上の大きなメリットがありますが、その処理を誤ると、せっかくの福利厚生費が「給与課税」されてしまうリスクがあります。ここでは、税理士の視点から、特に中小企業が注意すべき税務上のポイントを解説します。

3-1. ここがキモ!「賃料相当額」の適正な設定方法

社宅を福利厚生として適正に運用し、税務上のメリットを享受するためには、従業員から徴収する家賃(賃料相当額)の設定が非常に重要です。原則として、従業員から徴収する家賃が「相場の50%以上」であれば、企業が負担する部分は給与として課税されません。

しかし、ここでいう「相場の50%以上」とは、一般的な不動産市場の相場を指すわけではありません。国税庁が定める複雑な計算式に基づいて賃料相当額を算出する必要があります

国税庁が定める複雑な計算式に基づいて「賃料相当額」を算出する必要があります 。この計算式は、社宅が給与課税されないための「最低限これだけは徴収すべき」という基準を示すものであり、この金額を下回ると、従業員が給与課税されるリスクが生じます。

3-1-1. 国税庁通達に基づく賃料相当額の計算式を徹底解説

従業員から徴収すべき「賃料相当額」は、社宅の形態によって計算式が異なります。

a. 一般的な借り上げ社宅(個人所有の物件を法人で借り上げる場合)

多くのケースで該当する、従業員が個人的に所有している住宅を法人が借り上げて社宅とする場合や、一般的な賃貸物件を法人が借り上げて従業員に転貸する場合の賃料相当額は、以下の算式で求められます 。

賃料相当額=(建物の固定資産税評価額×0.2%)+(12円×(その建物の総床面積(m2)/ 3.3m2 )+(敷地の固定資産税評価額×0.22%)+共益費・駐車場代などの実費(いずれも月割)

①建物の固定資産税評価額からの計算: その年度の建物の固定資産税評価額に0.2%を乗じて算出します。固定資産税評価額は、固定資産税の納税通知書(毎年送付される課税明細書)や固定資産評価証明書で確認できます。

②床面積からの計算: 12円にその建物の総床面積(㎡)を3.3㎡で割った値を乗じて算出します。これは、特に小規模な住宅に適用される項目です。

③敷地の固定資産税評価額からの計算: その年度の敷地の固定資産税評価額に0.22%を乗じて算出します。敷地の固定資産税評価額も、建物の評価額と同様に納税通知書などで確認が可能です。

④共益費・駐車場代などの実費の扱い: 上記に加えて、共益費や駐車場代など、従業員が実際に利用するにあたって発生する費用があれば、その実費も賃料相当額に加算します。

b. 法人で社宅(自宅)を新築・購入する場合

法人が土地・建物を購入・新築し、それを役員や従業員に社宅として貸し出す場合の賃料相当額は、上記とは異なる計算式が適用されます。この場合、建物の購入価額や新築価額、土地の購入価額を基に、より詳細な計算が必要となります。

具体的には、その年度の建物の固定資産税評価額を、取得価額の一定割合(原則として100%)とみなし、これを基に計算を行います。また、敷地についても同様に取得価額を基に計算を進めます。この計算は、個別の状況によって判断が異なるため、専門家である税理士にご相談いただくことを強く推奨します。

3-1-2. 福利厚生費として損金算入される条件

上記で算出した賃料相当額以上を従業員から徴収していれば、企業が負担する社宅費用は福利厚生費として損金算入(経費として認められる)されます。他方、これに当たらなければ、福利厚生費ではなく給与(役員の場合には役員報酬)として損金算入に余地があるものの、給与として課税されることになります。よくある誤解として、賃料相当額以上を従業員から徴収していないからといって損金算入されないのではなく、給与として課税されるリスクがある(源泉徴収義務がある)ことに注意が必要です。なお、賃料相当額「以上」を従業員から徴収していればよく、借り上げ社宅の場合には、たとえば、企業が負担する実際家賃の50%を徴収することでも、それ以上を徴収することでも、給与としての課税リスクはありません。給与としての課税リスクを整理したうえで、たとえば、企業負担に上限を設けるなど、企業の福利厚生制度としての妥当性(費用対効果)を検討する必要があります。もちろん、福利厚生制度である以上、特定の役員や従業員のみを対象とした制度運用とすることは税務上も問題があり、社宅利用規程を整備するなど、幅広く制度を利用できる環境を整えることも重要です。福利厚生制度として幅広く制度の利用機会を与えるものの、結果として、その利用者が限定的となることには問題がありません。

3-2. 見落とし厳禁!消費税の取り扱いと「現物給与」リスク

社宅に関する消費税の取り扱いにも注意が必要です。

家賃は非課税取引 企業が住宅を借り上げる際の家賃は、原則として消費税の課税対象外(非課税取引)です。

落とし穴はどこ? しかし、借り上げた住宅の駐車場代、清掃料、管理費などを法人が負担している場合、これらが「現物給与」とみなされ、従業員に課税される可能性があります。特に、賃貸契約書で家賃とこれらの費用が明確に区分されていない場合や、従業員から徴収する金額が不適切な場合は注意が必要です。

役員が利用する場合の厳格な取り扱い 役員が社宅を利用する場合の税務上の扱いは、従業員の場合よりも厳格です。相場との乖離が著しい家賃設定を行うと、税務調査で「役員報酬」とみなされ、課税されるリスクが高まります。役員社宅の場合も、前述の国税庁の計算式に基づいて適正な賃料相当額を設定し、それを徴収することが非常に重要です。

3-3. 税務調査で課税されないためのポイント

税務調査で社宅制度が課税されないためには、以下の点を特に意識しておきましょう。

  • 賃料相当額の根拠資料の準備: 固定資産税評価額の資料(納税通知書など)を必ず保管し、計算の根拠を明確にしておくこと。
  • 契約書と帳簿の整合性: 不動産会社との賃貸契約書(法人名義であること)と、従業員との転貸契約書(家賃天引きの取り決めなど)の内容が、実際の経理処理と一致しているか確認すること。
  • 「現物給与」とならないための配慮: 駐車場代や管理費など、家賃以外の費用を法人で負担する場合は、その課税関係について税理士に相談するなど、慎重な判断が必要です。

これらの税務上の注意点は複雑であり、企業の状況によって判断が分かれることもあります。不安な場合は、必ず税理士に相談し、適切なアドバイスを受けるようにしてください。

4. トラブル回避!社宅の「労務上」の注意点と制度整備のコツ

社宅は従業員の生活に深く関わる福利厚生制度であるため、税務上の問題だけでなく、労務トラブルにも発展しやすい側面があります。制度導入前にしっかりとルールを整備し、従業員との間で認識のズレが生じないようにすることが不可欠です。

4-1. 必須!「社宅利用規程」の整備と明文化のポイント

社宅を福利厚生制度として適切に運用するためには、社宅利用規程を整備し、その内容を明文化することが非常に重要です。これにより、従業員との不要なトラブルを未然に防ぎ、公平な運用を実現できます。最低限、以下の項目を規程に盛り込みましょう。

  • 利用資格: どのような従業員が社宅を利用できるのかを明確にします。例えば、「転勤者」「新卒採用者」「勤続年数〇年以上」など、具体的な条件を定めます。
  • 使用期間の上限と更新条件: 社宅を利用できる期間の制限や、その後の更新が可能かどうか、更新の条件などを定めます。
  • 退去ルール・違約金・原状回復費の取り決め: 退職時や自己都合による退去の際のルール、違約金の発生条件、原状回復費用の負担割合などを明確にします。
  • 家賃・水道光熱費・管理費などの負担割合: 従業員が負担する家賃や、水道光熱費、管理費、駐車場代などの具体的な負担割合を明記します。

これらの項目を明確にしないと、「誰が住めるのか」「いつまで住めるのか」といった点で従業員との間で意見の相違が生じ、トラブルの原因となる可能性があります。そもそも福利厚生制度である以上、偏りのない明確な運用とすることが肝要です。

4-2. 給与天引きの注意点と社会保険料への影響

社宅の家賃を従業員の給与から天引きする場合、その取り扱いが社会保険料に影響を与える可能性があるため注意が必要です。

  • 家賃控除額が報酬とみなされるかどうか: 家賃を給与から控除する際に、その控除額が「報酬」とみなされるかどうかで、社会保険料の計算基準となる標準報酬月額が変わる可能性があります。これにより、企業の社会保険料負担や従業員の保険料にも影響が出ることがあるため、専門家への確認が推奨されます。
  • 控除の仕組みと給与計算ミス: 給与天引きの仕組み(前月分を当月給与から控除するのか、当月分を当月給与から控除するのかなど)が不明確だと、給与計算ミスや遅延の原因となることもあります。給与計算担当者と連携し、明確なルールを設定しましょう。

4-3. 解雇・退職時のスムーズな対応ルール

従業員の解雇や退職は、社宅に関するトラブルが発生しやすい時期です。スムーズな対応のためには、事前のルール設定が重要になります。

  • 社宅退去猶予期間の設定: 従業員が退職した後、すぐに社宅を明け渡すことが難しい場合を考慮し、一定の退去猶予期間を設定しておくことで、退職後の明け渡しトラブルを回避できます。
  • 退職時の書面同意(誓約書)の重要性: 退職と同時に社宅の退去を求める場合は、入居時に「退職時には速やかに退去する」旨の書面同意(誓約書)を取得しておくことが望ましいです。これにより、退去に関する意思確認を明確にし、後の紛争を防ぐことができます。

これらの労務上の注意点も、企業の状況や従業員との関係性によって様々です。社会保険労務士などの専門家と連携し、適切な規程整備と運用を行うことが、労務リスクの低減につながります。

まとめ:社宅制度は「人材確保・定着」を叶える実質賃上げ戦略

社宅制度は、単なる福利厚生制度の枠を超え、「第3の賃上げアクション」として、従業員の手取りを実質的に増やし、企業のコストを抑制するという、現代の中小企業経営における重要な戦略となり得ます。

  • 住居費負担軽減で“実質手取りアップ”: 生活費の大部分を占める住居費を企業が一部負担することで、従業員は手取りが増えたのと同じ効果を実感できます。
  • 法人負担分は福利厚生費として損金算入: 適切に運用すれば、企業側も税務上のメリットを享受し、法人税の負担軽減につながります。
  • 人材確保・定着への貢献: 採用難の時代において、「家賃補助」や「住まいの安心」は、特に若手社員や新卒にとって企業選びの大きな判断材料となります。優秀な人材の確保と定着に大きく貢献するでしょう。

しかし、その導入と運用には、賃料設定ミス、規程不備、社会保険料への影響など、税務上・労務上のリスクが潜んでいます。これらのリスクを回避し、社宅制度のメリットを最大限に享受するためには、専門家による適切な契約管理、経理処理、運用ルールの整備が不可欠です。

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