中小企業を経営する中で、「頑張って出した利益を、どうすれば一番効率的に手元に残せるのだろう?」と頭を悩ませる経営者の方は少なくありません。役員報酬、役員退職金、そして配当金。これら会社の利益分配方法は、それぞれ税金や社会保険料の取り扱いが大きく異なり、その選択一つで最終的に手元に残る金額は大きく変わってきます。会社には所有という立場(株主)と経営という立場(経営)の2つがあります。中小企業の場合、これらが同一人物又は同一親族であることが殆どではないでしょうか。配当金は株主に、役員報酬や役員退職金は役員に分配される利益です。また、株主という立場からは、配当金(インカムゲイン)だけではなく、出口戦略としてのM&Aなどによるキャピタルゲインも考えられます。

「役員報酬」を高くすれば個人の所得税や社会保険料が増え、「配当金」で分配すれば法人税の軽減効果は限定的です。そもそも「配当金」は法人の費用(損金)となりません。そして、いざという時の「役員退職金」も、その設計を誤れば税制優遇を最大限に活かせない可能性があります。

単に税金を安くするだけでなく、法人と個人のトータルで考えた手取り額の最大化、そして将来を見据えた計画的な資金確保ができれば、より良い会社経営が可能になります。このコラムでは、これら3つの利益分配方法の特性を徹底比較し、税金・社会保険料の観点から最適な組み合わせを見つけるための考え方をお伝えします。

目次

1. 役員報酬の基本と、見落としがちな税・社会保険のワナ

1-1. 役員報酬とは?その仕組みと税務上のメリット・デメリット

役員報酬とは、会社の役員に対して支払われる給与のことです。これは、法人税を計算する上で、原則として法人の「損金」として認められます。法人の課税所得から役員報酬を差し引くことで、法人税の負担を軽減できるメリットがあります。

しかし、「法人の課税所得が0円に近づくように役員報酬を設計することは誤りである」という点に注意が必要です。なぜなら、法人の税負担がなくなったとしても、個人の所得税や住民税といった個人の税負担が発生するためです。

加えて、役員報酬には法人にも個人にも「社会保険の負担が発生する」という大きな特徴があります。社会保険料は、法人と個人でそれぞれ15%程度の負担となり、合計するとおおよそ30%にもなる大きなコストです。社会保険料は法人の損金や個人の所得控除の対象にはなりますが、税効果を考慮しても手取り額が20%程度は減少する要因となります。

このことから、「同族会社を前提にすれば、とくに社会保険の重たい負担から、法人と個人の手取り額は少なくなる」という側面を理解しておくことが重要です。

1-2. 役員報酬設計の「落とし穴」と最適な決め方

役員報酬の設計においては、単に税金対策だけを考えるのではなく、法人と個人の「手取り額」を総合的に最大化する視点が不可欠です。社会保険料の負担は大きく、これをいかに最適化するかがポイントとなります。

公的年金への期待がある場合は、社会保険料の支払いは将来の年金受給に影響するため、必ずしも圧縮することばかりを考えるべきではありません。しかし、もし公的年金に期待しないのであれば、俗に言う「事前確定届出給与による社会保険圧縮プラン」のような選択肢も存在します。ただし、このような社会保険圧縮プランは現在問題視されており、将来的に規制対象となる可能性も指摘されています。

また、役員報酬の支給実績は、将来の役員退職金にも影響します。役員退職金のうち、税務上損金として認められる「不相当に高額ではない部分」の金額は、一般的に「功績倍率法」によって求められます。もし役員報酬を極端に低く設定してしまうと、損金算入される役員退職金の金額にも影響が出てしまう可能性があります。特に役員退任時期が近い場合には、無計画に役員報酬を引き下げることは妥当ではありません。

1-3. 役員報酬を巡るよくある疑問と税理士からのアドバイス

家族を役員にする際のメリット・デメリット(扶養との兼ね合い)

家族を役員にして役員報酬を支払うことで、所得の分散を図り、世帯全体の税負担を軽減できる可能性があります。ただし、税や社会保険の扶養との兼ね合いなど総合的な有利不利の判断が必要です。専門家と相談の上、慎重に検討しましょう。もちろん、役員としての勤務実態がないにも関わらず、役員だからという形式的な理由だけで役員報酬を支給することには税務上の問題があります。

役員報酬改定の最適なタイミングと手続き

役員報酬の金額は、原則として事業年度開始日から3ヶ月以内に決定し、その後、事業年度中には変更できないとされています(定期同額給与)。このルールを守らないと、役員報酬が損金とは認められない可能性があります。変更のタイミングや手続きには厳格なルールがあるため、事前に税理士に確認することが重要です。

2. 役員退職金の基本と、税制優遇を最大限に活かす方法

2-1. 役員退職金とは?税金・社会保険の優遇を徹底解説

役員退職金とは、役員が退任する際に法人から支払われる金銭です。金銭のみならず現物で退職金を支給することもあります。これは、法人がこれまでに留保してきた利益を、将来の退職金財源として活用する考え方に基づいています。

役員退職金の最大の魅力は、役員報酬には課される「社会保険の負担がない」という点です。法人と個人の社会保険負担(各約15%)を合計するとおおよそ30%にもなるため、社会保険料の負担がないことは大きなメリットと言えます。

また、個人の税負担についても、役員報酬と比較して優遇されています。役員退職金は「退職所得」として扱われ、以下の税制優遇が適用されます。

  • 退職所得控除: 勤続年数に応じた控除額が適用され、課税対象となる所得を大きく減らせます。ただし、5年以内に2回以上退職金を受け取ると、この控除額が制限されるケースがあります。
  • 所得1/2計算: 退職所得控除を差し引いた後の金額が、さらに1/2される特例があります。ただし、就任後5年以内に退任して役員退職金を受け取る場合には、この1/2計算が適用されないケースがあるため注意が必要です。
  • 他の所得と分離した累進税率の適用: 給与所得など他の所得とは合算されず、分離して税率が適用されるため、税負担が低くなります。結果として、役員退職金にかかる税負担は、役員報酬の半分以下になることも珍しくありません。

法人の視点から見ても、役員退職金のうち「不相当に高額ではない部分」は法人の損金として認められます。これにより、法人税の負担を軽減できるというメリットがあります。もし不相当に高額と判断された場合は、その部分は法人の損金にはなりません。

2-2. 役員退職金の最適な設計と準備方法

役員退職金の適正額は、一般的に「功績倍率法」によって算出されます。これは、役員の在任中の功績を評価するものであり、税務調査でもこの計算方法が用いられることが多いため、適切に算出することが重要です。

【事例で解説】功績倍率を考慮した役員退職金シミュレーション

例えば、長年会社に貢献してきた役員が退任する際に、その功績に見合った退職金を支払うことは、適正な報酬と言えます。功績倍率を適用して退職金をシミュレーションすることで、損金算入できる範囲内で、かつ役員個人の手取りが最大になる金額を検討することが可能になります。

もし、関連会社が存在する場合には、各社からの役員退職金の支給時期を計画的に行う必要があります。これにより、税制優遇を最大限に活用しつつ、全体の税負担を最適化することが可能になります。

将来の退職金財源を計画的に確保することも非常に重要です。内部留保だけでなく、以下のような「外部留保」も有効な手段となります。いずれも、将来の役員退職金を支払う時期(役員退職金が損金になる時期)まで課税を繰り延べる効果を期待するものです。

  • 倒産防止共済(中小企業倒産防止共済制度): 掛金が損金算入でき、いざという時の資金繰りにも役立ちます。
  • 法人契約の生命保険: 保険の種類によっては、保険料の全部又は一部が損金算入でき、将来の解約返戻金を退職金財源として活用できます。
  • オペレーティングリース: 企業が高額な資産(例:航空機、船、設備など)を自社で買わず、リースで借りることで、毎年の税金を減らせるスキームです。

事業承継を予定している場合、勇退時期に合わせた退職金の財源確保と、それを見据えた役員報酬の設計が不可欠です。役員退職金を支給することで自社株評価が低下する効果も期待できるため、所有と経営の承継を同時に検討する上で重要な要素となります。

2-3. 役員退職金支給後の経理処理と資金繰りのポイント

役員退職金を支給する際、資金繰りの都合などで一括での支払いが難しいケースもあります。そのような場合、役員退職金を「分割で支給することも可能」であり、経理処理も分割できます。これにより、会社の資金繰りや決算書への影響を緩和できる場合があります。ただし、分割払いにする場合の税務上の注意点もあるため、事前に税理士にご相談ください。

3. 配当金の基本と、役員報酬・退職金との決定的な違い

3-1. 配当金とは?法人の損金にならない「利益分配」

配当金とは、会社が稼いだ利益を株主に分配するものです。役員報酬や役員退職金と大きく異なる点は、配当金は「法人が留保した利益からの分配に過ぎず、法人の損金にはならない」という点です。つまり、配当金を支払ったからといって、法人税が安くなるわけではありません。

配当金には社会保険の負担がないというメリットはありますが、退職金のような「分離累進課税」とはならず、原則として「役員報酬と同様に総合課税の対象となる」点が特徴です(非上場会社を前提とした場合)。

そのため、「法人で損金にならず、個人では役員報酬と同じ税負担が発生する」という構造になります。社会保険料が発生する役員報酬と、損金算入されない配当金とでは、法人と個人のトータルでの負担が小さくないことを理解しておく必要があります。

3-2. 配当金のメリット・デメリットと活用すべきケース

配当金は、法人で損金にならないため、法人税を軽減する効果はありません。しかし、株主への利益還元という側面や、役員報酬と組み合わせて税負担を最適化する戦略の一環として検討されることがあります。

役員報酬と配当金、どちらが手元に残る?【具体例で比較】

もし、個人の所得税率が高い場合は、役員報酬を増やすと所得税・住民税だけでなく社会保険料の負担も大きくなります。一方で、配当金は法人で税金を支払った後の利益から分配されるため、法人税の軽減効果はありません。どちらの分配方法が最終的な手取り額を最大化するかは、法人の利益水準、個人の所得税率、社会保険料の有無など、様々な要素を考慮して総合的に判断する必要があります。場合によっては、役員報酬と配当金をバランス良く組み合わせることで、最も効率的な利益分配が実現することもあります。

また、赤字決算が続く場合を除き、配当を行うと、「自社株評価が高くなる」傾向があるという点にも考慮が必要です。将来的な事業承継やM&Aを検討している場合には、配当が自社株評価に与える影響も踏まえて判断しなければなりません。

3-3. 税理士が教える配当金活用術

配当金を考える際には、「法人税等(法人税、地方税)」「所得税等(所得税、住民税)」「相続税等(相続税、贈与税)」といった複数の税金を横断的に考慮する必要があります。

特に、事業承継を考えている経営者の方にとっては、配当による自社株評価への影響が、将来の相続税・贈与税に直結するため、非常に重要な論点となります。小規模な配当であれば、少額配当の特例なども存在するため、ケースバイケースで最適な戦略を立てることが求められます。

4. 役員報酬・役員退職金・配当金:最適な組み合わせを見つける【徹底比較シミュレーション】

4-1. 各分配方法の税金・社会保険の負担を比較

会社の利益を経営者の手元にどのように分配するかは、法人と個人の税金、そして社会保険料の負担を総合的に考慮して判断する必要があります。以下に、各分配方法がそれぞれの税金や社会保険に与える影響を整理します。

分配方法 法人税等 所得税等 相続税等 社会保険
役員報酬 低くなる 高くなる 低くなる 負担あり
役員退職金 低くなる 高くならない 大きく低くなる 負担なし
配当金 変わらない 高くなる 原則、高くなる 負担なし

この表からわかるように、それぞれの分配方法は一長一短があります。

  • 役員報酬は、法人の税負担を抑える効果はありますが、個人の所得税と社会保険料の負担が大きくなります。
  • 役員退職金は、社会保険の負担がなく、個人の税金も優遇されるため、最も手取りが残りやすい方法と言えます。特に相続税対策としても有効です。
  • 配当金は、社会保険の負担はありませんが、法人で損金にならないため、法人税を抑える効果はなく、個人の税負担は役員報酬と同様に高くなる傾向があります。また、原則として自社株評価を高めるため、相続税対策としては不利になる可能性があります。

4-2. 【ケース別】最適な利益分配戦略の選び方

御社の状況によって、最適な利益分配戦略は異なります。

設立初期のスタートアップ企業の場合

会社の資金繰りを安定させることが最優先となるため、役員報酬を抑え目に設定し、法人に利益を内部留保する戦略が考えられます。将来の成長を見据え、社会保険の負担を考慮しつつ、バランスの取れた報酬額を設定することが重要です。

安定期に入った中小企業の場合

会社の利益が安定してきたら、役員報酬による分配に加え、将来の役員退職金を見据えた準備を始めることが賢明です。法人契約の生命保険や倒産防止共済などを活用し、計画的に退職金財源を確保していくことで、法人と個人の両方で税負担を最適化できる可能性が高まります。

事業承継を控えた企業の場合

事業承継が間近に迫っている場合、役員退職金の活用が非常に有効な戦略となります。役員退職金を支給することで、法人税の負担を軽減しつつ、個人の手取りを最大化できます。さらに、退職金支給による自社株評価の低下は、将来の相続税対策としても有効に機能します。配当金は自社株評価を高める傾向があるため、相続税対策の観点からは慎重な検討が必要です。

4-3. 役員個人の手取額最大化と、法人のコスト軽減を両立させる方法

役員個人の手取り額を最大化し、かつ法人のコストを軽減するためには、利益分配方法の組み合わせだけでなく、他の制度も活用することが有効です。

  • 小規模企業共済: 個人事業主や小規模企業の役員のための退職金制度で、掛金が全額所得控除となり、将来の退職金を受け取る際にも税制優遇があります。
  • iDeCo(個人型確定拠出年金): 自分で掛金を拠出し、運用することで老後資金を準備する制度です。掛金が全額所得控除になるため、個人の所得税・住民税を軽減できます。
  • 選択制DC(選択制確定拠出年金): 役員報酬の一部を確定拠出年金の掛金として拠出できる制度です。掛金は社会保険の対象外となるため、法人と個人の社会保険料負担を軽減できる可能性があります。選択制DC とiDeCoとの最大の違いは、社会保険料負担を軽減できることにあります。

また、投資価値観によっては、短期減価償却資産を運用することで、個人の手取り額を最大化する戦略も考えられます。これは、早期に減価償却費を計上できる中古マンションなどの不動産を購入することで、多額の減価償却費によって損失となる不動産所得と、役員報酬などの給与所得を損益通算し(最高約55%)、その後、5年超の所有期間を経て一律約20%の税率でその不動産を売却、「投資+節税(最高約55%▲一律約20%)」を狙う方法です。

これらの制度は、それぞれにメリット・デメリットがあり、個々の状況によって最適な活用方法は異なります。

5. 貴社の利益分配は税理士とプロの視点で最適化を!

役員報酬、役員退職金、配当金。これらの利益分配の選択は、単に税金の計算だけでなく、会社の将来の成長戦略、経営者のライフプラン、そして事業承継など、様々な要素と密接に関わってきます。複雑な税務・社会保険の専門知識は多岐にわたり、最新の税制改正にも常に注意を払う必要があります。

ご自身ですべてを判断するには、多くの時間と労力がかかり、誤った選択をすれば大きな損失に繋がるリスクも潜んでいます。だからこそ、税務の専門家である税理士に相談し、プロの視点で最適な利益分配戦略を構築することが安心への近道です。

最適な利益分配について、より詳しく知りたい方はぜひ税理士にご相談ください。

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